食物アレルギーの表示制度に関わる検知技術の確立など、日本の食物アレルギー表示制度確立にご尽力されました元国立医薬品食品衛生研究所の穐山先生に、「我が国の食物アレルギー表示のリスクアナリシスと展望」について、解説いただきました。
目次食物アレルギー表示の背景と現状
食物アレルギーに関しては、乳児および小児の際に発症し、小児の間で寛解するのが一般的であったが、近年では成人においても寛解せず、継続して症状を有し、患者数が増加している傾向が明らかとなっている。食物アレルギーの症状で重篤な場合には、舐める程度でも引き起こされることから、表示による情報提供の必要性が高まった。先進国を中心に食物アレルギーは社会問題化しており、1999年にCODEXでも食物アレルギーを起こす原材料に関する表示のガイドラインを示した。
我が国もそれに伴い、2001年に食品衛生法正に伴い、2002年よりアレルギー誘発物質を含む食品の表示が本格的に義務付けられている。2015年より食品表示に関する行政の所管が厚生労働省(食品衛生法)から消費者庁(食品表示法)に移り、2024年3月現在では、我が国の発症数と発症の重篤度から判断して、内閣府令で定める8品目(卵、牛乳、小麦、そば、落花生、えび、かに、くるみ)については特定原材料と呼び、アレルギー危害回避の目的で、全ての流通段階での表示を義務付け、通知で定める特定原材料に準ずる20品目(アーモンド、あわび、いか、いくら、オレンジ、カシューナッツ、キウイフルーツ、牛肉、くるみ、ごま、さけ、さば、大豆、鶏肉、バナナ、豚肉、まつたけ、もも、やまいも、りんごおよびゼラチン)(2024年3月末マカダミアナッツが推奨追加、まつたけ推奨削除)については表示を推奨した(表1)。
我が国では、食物アレルギー表示制度が浸透したことから、表示を確認することにより、特定原材料を徹底的に回避することが可能となっている。しかし、近年、乳幼児の食物アレルギーは、発症頻度の高い食品を食べない期間が長びくほど発症リスクが高くなることが実証されている。既に食物アレルギーを発症した患者は当然摂取を回避することがリスク回避になるが、発症前の乳幼児は摂取回避をすることが発症リスクを高め、特に皮膚病変(湿疹・アトピー性皮膚炎)を有する乳幼児の発症リスクは高く、食品固有のリスク評価で高リスクとした食品を予防のために摂取回避を続けると、発症リスクを高めることになる。それ故、近年では、食物アレルギーの食事療法は必要最小限の除去食指導に変更になっている。
表示が必要なアレルゲン濃度と検査法
表示を必要とする含量としては、筆者が関わった厚生労働科学研究食品表示研究班アレルギー表示検討会の報告書(2001年)の中で、表示の必要性を判断する上で、数μg/g含有レベル又は数μg/mL濃度レベル以下まで検出可能な検出法が不可欠とされた。表示が必要な濃度まで特定原材料タンパク質を十分に“定量”できる検出法を確立することが必要であると考えられた。
科学的検証面から特定原材料の表示制度を支えているのが、アレルギー物質を含む食品の検査法である。各地方自治体では加工食品の収去検査を行い、アレルギー物質を含む食品の表示が適切になされているかを製造記録の確認も併せて監視している。もし適切な表示がなされていないと判断された場合は、必要に応じて当該食品メーカーに行政指導あるいは行政措置することになる。生産者の管理側からの視点では、特定原材料検出法の検出感度が重要になってくる。特定原材料タンパク質や遺伝子を測定する手法としては、酵素免疫測定法(ELISA法)、PCR法、動物抗体を用いたイムノクロマト法(ラテラルフロー法、ウェスタンブロット法等が主な手法となっている。近年では液体クロマトグラフィー質量分析計(LC-MS/MS)を用いた手法も開発されている(表2)。
内閣府消費者庁から誘致されている通知検査法「アレルギー物質を含む食品の検査方法について」では、各特定原材料の検査方法の詳細が示されている。まず検査特性の異なる2種のELISA法による定量検査を実施し、食品1 gあたり特定原材料由来のタンパク質を10 μg以上含有する場合 (10 ppm) は、微量を超える特定原材料が混入している可能性があるものと判断する。この表示の閾値は、特定原材料の分析法の精度良く測定できる限界の観点から決められている。ELISA法で得られた結果と製造記録の確認により、表示が適正であるかが判断される。判断が不可能な場合は、特異性の高い定性検査法であるウェスタンブロット法(卵、乳)またはPCR法(小麦、そば、落花生、えび、かに、くるみ)により確認検査を行う(図1)。通知では、上記の検査法に用いる標準品規格に関して示されており、検査法の標準溶液の統一の規格化がされている。
国内外でのリスク評価と展望
1999年のCODEX規格ガイドラインでは、アレルギー誘発食品の表示の対象として、グルテンを含む穀類(麦類)、甲殻類、魚類、ピーナッツ、大豆、乳、木の実の8種が定められている。食物アレルギー表示を実施している諸外国では、このCODEX規格ガイドラインを基に各国の制度を定めている。欧米の国々では、集団の閾値を推定するために最小発症量モデルの考え方を2002年から導入を開始している。すべてのアレルギー患者におけるゼロリスクを達成するために開始されたが、推定された最小閾値量のレベルが非常に低い値であったことから、実際上の適用は困難を極めた。結果として自主的に意図しないアレルギー誘発原材料の存在を表記するprecautionary allergen labeling (PAL) を多くなるような影響になった。
我が国も2001年より表示によるリスク管理が先行したが、2016年より内閣府食品安全委員会において卵のリスク評価を行い、2021年に評価書案をまとめた。その評価書では、我が国も欧米諸国と同様に食物経口負荷試験のデータを用いたアレルギー症状誘発確率モデルによる食物アレルギー発症最小タンパク質量の定量的な推計の試み議論した。評価書では、我が国の表示によるリスク管理手法は適正に機能しており、我が国のアレルギー表示の閾値(10 ppm)は概ね妥当性あると結論されている。
欧米諸国の一部の研究者は日本のアレルギー表示によるリスク管理手法を評価し期待は大きい。しかしながら、我が国のアレルギー表示の閾値の臨床的根拠が希薄であることは否定できない。国際的なリスク評価手法の考え方を受け入れて、今後は我が国のアレルギー表示の閾値の臨床的根拠の妥当性を国際的に示していくことが重要と考えられる。
著者ご紹介
穐山 浩(あきやまひろし)
星薬科大学薬学部 創薬科学科長 薬品分析化学研究室 教授(現職)
国立医薬品食品衛生研究所 名誉所員、客員研究員
略歴
1993年 国立衛生試験所(現国立医薬品食品衛生研究所)食品部研究員
1999年-2000年 科学技術庁長期在外研究員としてカナダ・オンタリオ州マックマスター大学医学部留学
2001年 国立医薬品食品衛生研究所 食品部第3室長
2007年 同所 代謝生化学部第2室長
2011年 同所 食品添加物部長
2015年 同所 食品部長
2021年 星薬科大学薬学部 薬品分析化学研究室 教授
2023年4月~ 星薬科大学薬学部 創薬科学科長 薬品分析化学研究室 教授(現職)
公的な主な委員会
2016~2024年 薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会 農薬・動物用医薬品部会委員(部会長)
2017年~ 薬事・食品衛生審議会薬事分科会 動物用医薬品残留問題調査会
2016~2021年 薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会食品規格部会委員
2019年~ 内閣府消費者庁食物アレルギー表示に関するアドバイザー会議委員
2021年~ 内閣府消費者庁 消費者委員会 食品表示部会委員
2022年~ コーデックス連絡協議会委員
2023~2024年 薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会新開発食品調査部会委員
2024年~ 食品衛生基準審議会 農薬・動物用医薬品部会委員(部会長)
2024年~ 食品衛生基準審議会 新開発食品調査部会委員
専門分野は分析化学、食品衛生学、免疫化学
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